社長の自叙伝

社長の自叙伝
2017年08月10日

株式会社うおとも 代表取締役社長 山下英記

静岡県牧之原市を拠点に、近隣の5市1町で「葬儀社対応安心度」(ダイヤモンド社調べ)ナンバーワンと評価される企業がある。静岡県内でも堂々4位にランクされる株式会社うおともだ。地域を愛し、地域に育てられてきたうおともは、お客様に求められていく中で、自慢の料理を核に、柔軟に業態を変化させてきた。2010年に社長に就任した山下英記の意気込みを、「サムライ日本プロジェクト」の安藤竜二が訊いた。

地域に育てられ40年

安藤竜二(以下安藤) うおともさんって創業から冠婚葬祭事業をやっていたんですか?

山下英記(以下山下) もともとは牧之原で私の祖父母が日用雑貨やお菓子などを売っていたお店だったんです。そこに私の父(現会長)が板前修業から帰ってきたことで、1969年、魚屋「魚友」が開業しました。名前の由来は、友が集まる魚屋、人が寄り合う場所にしたいという想いから。当時、私も子供ながらに、にぎやかなお店だったのを記憶しています。そのうちにお客様のご要望から、仕出しをやらせていただくようになりました。「魚友さんは刺身の切り身が大きい」と評判だったそうです。さらに、宴会場として使わせてほしいというご要望が増えてきたことで、本格的な宴会場も設立。現在本社がある場所に30人部屋を3部屋、20人部屋を2部屋。さらにそこで結婚式をやりたいという声にもお応えしていきました。

 83年に企業化、しかし父は「社長」というよりは「親方」。調理場で刺身を切りながら、ビデオカメラで会場の様子を見て、スタッフに配膳などの指示を出していたそうです。「会社」という雰囲気はなく、5、6人で切り盛りしていました。

安藤 当時からビデオカメラを駆使していたとは驚きました! 現会長は企業化しても包丁を置かなかったんですね。

山下 職人気質であると同時に、お客様には細かいところまで気を配っていました。結婚式の演出には、ドライアイスやスポットライトを使ったりと、新しいものはどんどん取り入れて。私もよく演出の手伝いをしていました。

 この頃、私の叔父がマスターとなり、海岸線沿いに「喫茶ウオトモ」を開店しました。昼は喫茶店、夜はバーといった業態で、地元の若者が集まる場所。叔父は皆から親しまれるキャラクターで、お店にくる若い男女の恋のキューピット役でした。叔父が縁を結んだカップルの結婚式はやはり魚友で。結婚式の回数が増えるにあたり、宴会場ではニーズに応えられないということで、洋館を建て、本格的に婚礼事業もスタート。しかし、実際にはそれを始めるだけの資金がなく、取引業者20社による「魚友会」を発足(現在ではおよそ80社に)、皆さんから出資していただいての船出でした。挙式をされた方からは「何でも応えてくれる結婚式場」と好評で、1会場のみでしたが、ピーク時には年間200組もの挙式をさせていただきました。

安藤 この当時は「うおとも=結婚式場」というイメージだったんですね。

山下 婚礼事業が軌道に乗るのと同時に、社内では様々なイベントを行う機運が高まっていた時期でした。特に叔父は器用な人で、野外にステージを組み、今でいう婚活パーティーのようなことをやったり、ディスコパーティーを開催したり。訳あって結婚式をあげられなかったカップルを対象に、合同結婚式を開催したこともありました。現在も年2回定期的に行っているお笑いコンサートや、障害を持った方に結婚式の食事や雰囲気を味わっていただくための招待イベントはこの頃から続いているものです。

 また、当時「お客さんが喜ぶことを」とスタッフが考え、数百もの言葉の中から選んだ、「笑顔・清潔・新鮮・満足・家庭的サービス、以上は無料です」という「うおとも特選メニュー」は現在でも理念として掲げている言葉です。

安藤 お客様に喜んでいただきたいという純粋な想いは、昔からブレることがなかったんですね。しかし、婚礼事業が順調だったのになぜ葬祭事業に?

山下 仕出しのお仕事で、葬儀でのお弁当を卸すという接点はもともとありました。結婚式業界はホテルウェディングが台頭し、お客様が徐々に都会へ流出する時代に。婚礼事業で培った配膳や接客サービスと人材を活かすには、と父は前々から葬祭事業への進出を考えていたようです。しかし、当時結婚式のイメージが強かったうおともで、その話はタブー。父が密かに話を進め、95年に平成葬祭の名前で葬祭事業を開始しました。

「人を想うこころ」こそ

安藤 山下社長は入社前には何をされていたんですか?

山下 私は青森の八戸の大学を卒業後、広告代理店に勤めたかったのですが、当時はバブルがはじけて仕事がなく、地元に帰ったんです。しばらくうおともの結婚式場を手伝っていたのですが、跡を継ぐつもりはなかった。子どもの頃からものづくりが好きで、サービス業には向いてないなと思っていたんです。それなら他の仕事を探せという父のすすめで、印刷屋に就職。当時世界に一台しかなかったラベルステッカーの印刷機のオペレーション全般を任されていたんですよ。そこで4年間勤めたのですが、ある日「IT分野にも取り組んでいきたい」と父に誘われたのを機に、2000年にうおともに入社。最初の仕事は「亡くなった方を病院に迎えに行ってこい」というもの。当時、この界隈ではいち早くセレモニーホールを浜岡、相良、榛原と展開し、葬儀の数も着実に増えているところでした。私の仕事も葬儀が中心でしたね。パソコンを使って社内システムを整理・構築したり、アイデアマンである父の片腕として、彼のアイデアや欲しがっているものを、カタチにするのは楽しい作業でした。

 現在ではこの地域の葬儀のシェアの4割を占めるようになり、ダイヤモンド社調べで、静岡県での「葬儀社対応安心度」第4位にランクされました。葬儀から派生し、ペット霊園や生花部門も行っているんですよ。

安藤 環境活動も熱心にされていますよね。

山下 2010年2月、世界で第一号となるハイブリッドカー霊柩車を導入しました。環境への配慮や、新しいことにチャレンジするという企業姿勢のシンボルですね。もともと霊柩車というと黒いイメージがありますが、実はそれは西洋の文化をそのまま輸入したものなんです。しかし、日本古来の葬儀の色といえば白ですから、白のボディを選びました。使い勝手も良く、エンジン音が静かなところも好評をいただいているんですよ。

安藤 山下社長は2010年5月に社長に就任されたそうですが、意気込みを教えてください。

山下 私には創業者の思いを伝えていく義務があります。会長や前社長の期待を裏切らないよう、日々勉強ですね。社長になる上で最初に考えたのが「家族を大事にする気持ちを大切にしよう」ということ。私にとってお客様や従業員は家族同然、本当の家族のように思いやるその心が商売よりも大事だと思います。儲かる儲からないという話は、サービス業においては二の次で、目の前のお客さんにいかに喜んでいただくか、こそ大事。例えば、120円の商品を押し付けるのではなく、100円しか持っていない方に何ができるかを考え、提案すること。お客さんが喜んでいただけることこそ、弊社にとっては利益となると思います。例えば、弊社葬祭事業のスタッフは亡くなった方や遺された方の想いを汲み取った振る舞いは、社長ながらに頭が下がります。時としてそれは効率がいいとは言えないこともある、しかしお客様の想いに重きを置いていることは弊社の誇りですね。

 社員が家族のようにコミュニケーションをとれる場所として機能しているのが、社員食堂の「楽々亭」です。もともと空いた事務所スペースを有効利用しようということで設置したバイキング形式の食堂で、料理は全てオリジナル。この食堂を開始して以来「太った」という社員が続出ですが(苦笑)、気に入ってもらえているようです。

安藤 損得勘定を抜きにした「人を想うこころ」こそが、うおともさんが40年間、地域に愛され、求められてきた秘訣ですね! 最後に今後の展開をお教えください。

山下 「うおともといえば結婚式」と言われた時代もあり、現在では葬儀のイメージが強いかもしれません。しかし、そのルーツは魚屋、つまり「料理」こそがうおともの原点。今後もそれを忘れることなく、料理を核に展開していきたいですね。

 他の地域、県外への進出は?ということも聞かれますが、うおともは地元のお客様によって今日まで育てていただいたと思っています。ですから、その恩返しに地元のお客様に喜んでいただきたい。障害を持った方へのイベント招待や、お笑いショーなど定期的に行っている催しは今後も続け、例えば地産野菜や地産の魚介類を料理に使うこと、その生産者の顔を広めることなど、まだまだ新しい地域貢献の可能性があると思います。

 そして、お客様や従業員と家族のようなお付き合いを続けていくこと。お客様には気軽にお叱りをいただけるくらいの信頼関係を築いていきたいですね。弊社の代表が代替わりしたように、お客様とも二代、三代に渡ってお付き合いができればと思います。

 未来の構想の一つには本社敷地を生かした「ウオトモヴィレッジ構想」があります。敷地を一つの村として、公園のように、ご年配の方からお子様まで、ご家族が自然と集まるような場所にすること。これが父と私の夢なんですよね。夢の実現のため、今後もお客様の喜びを第一に、精一杯頑張りたいと思います。



山下英記
株式会社うおとも 代表取締役社長


 創業者山下晃会長の息子として、うおともの成長を最も近くで見ながら、共に育った。2010年5月に3代目社長に就任。地域を愛し、地域に愛される企業へ。会長の想いを継承しながら、「料理」を核にうおともブランド向上へ尽力する。自らはサービス業には向かないと断言するが、それゆえに精一杯、ひたむきにお客様の喜びを考えぬく。

株式会社うおとも 
〒421-0532 静岡県牧之原市地頭方1581-50 
TEL: 0548-58-0500 
FAX: 0548-58-2023 
URL: http://www.uotomo.com

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