社長の自叙伝

社長の自叙伝
2017年10月06日

株式会社田中金属製作所 代表取締役 田中和広

 日本のものづくりを支えてきた町工場。これまで大手メーカーの下請け部品を作ってきたが、リーマンショックで注文は激減。そんな中、長年培った技術を生かしてオリジナル製品を開発し、ヒットを飛ばす企業が出てきた。田中金属製作所もそのひとつだ。様々な場所で引っ張りだこのオリジナルシャワーヘッドを開発した田中金属製作所の社長、田中和広に叩き上げブランディングプロデューサー安藤竜二が迫る。

きっかけは祖父の一言

安藤竜二(以下安藤) まずは創業の歴史から教えていただけますか。

田中和広(以下田中) 1965年に父、田中昭雄が借家にて旋盤機1台で創業しました。当時は、現在工場のある場所までの道がなく、工場は5キロメートルほど南にありましたが、祖父の「死んだら生まれ故郷に埋めてくれ。」という言葉がきっかけで一念発起し、現在の場所へ移転したのです。当時はお金もなく、木造の小さな工場で買ってきた中古の機械を修理して使っていました。そこから少しずつ広げていったのです。

安藤 当時は主に何を作られていたのですか。

田中 岐阜県山県市は水栓バルブ発祥の地と呼ばれています。バルブなどの水栓金具で国内出荷額の約40%程を担う地域で、田中金属製作所もこの地域の工場ですから、他と同じく大手メーカーさんの下請けとして主に水栓バルブなどの真鍮部品を作っていました。

安藤 地場産業なのですね。社長はいつから田中金属製作所で働き始めたのですか。

田中 私が田中金属製作所で働き始めたのは21歳からです。実は小学校の頃いじめにあったことがありました。その時のクラスメートと同じ高校へ通うのが嫌で、父の仕事を継ぐため早く技術を身に着けたいという理由を作って、高校へは進学せず、父の工場の得意先に就職しました。その当時のくやしい思いが、今の私の負けず嫌いの源泉となったのかもしれません。そして、もう二度と負けられないと心に誓って、必死にそこで加工技術を覚えました。先輩に親身になって教えていただいたのもあり、順調に覚えられたと思います。そして、5年間務めたのち家業に入りました。

思いが実を結ぶ

安藤 入社当時はどのような仕事をされていたのですか。

田中 当時の業績は順調でしたが、孫請けの仕事のため、元請会社が値決めをしていました。私は値決めを自分の責任で行い、商いをしたいと考えていましたので、「メーカーと直接取引すること」を将来の目標に決めたのです。そのためには、どうしても設備投資を行う必要があったのですが、父は倹約家で中古機械を修理して使うような人でしたから、 私の事業スタイルは綱渡りに映ったと思います。それでも父とぶつかりながら、強引に設備投資をしていきました。それだけに失敗は絶対に許されない。その強い気持ちをもって昼夜仕事に邁進しました。

安藤 自分を信じて努力されたのですね。その成果はいかがでした。

田中 まずは以前お世話になった得意先の仕事を請けながら、新規顧客獲得に励みました 。すると、少しずつですが受注が取れるようになってきたのです。いろいろな方 との出会いが増えていくうち、ついに念願だった水栓メーカーから直接取引ができるようになりました。しかし、取引が始まったメーカーは得意先が受注していた会社でもあったため、得意先からは取引停止に。しかし、業績は右肩上がりになっていったのです。そんなある日、水道料金の削減をしたいという会社に出会いました。その際、かなり高額な節水器具が流通していたことを知り、適正価格で性能の良い節水器具を作れば必ず売れるという思いから節水事業をスタートしました。さらに、節水は企業も一般家庭も望んでいるはずだから、どちらでも使えるものを作らなければならない。今までは下請けだけでしたが、この暴利な仕組みを変えたいという思いもあり、メーカーとして企業から一般まで網羅できるもの作りをするため、製品の開発に着手することに決めたのです。

安藤 どんな製品を作られたのですか。

田中 『アリアミスト』という節水シャワーヘッドです。はじめは、シャワーヘッドとホースを繋げる節水アダプターを作ったのですが、それを持って中小企業総合展に単身乗り込んだ際、東急ハンズさんなどからこのアダプターを製品化できませんか。と提案を受けたため、東急ハンズさんに置くことを前提に節水シャワーヘッドを開発しました。平成17年5月から店頭に並んだのですが、始めはなかなか思うように売れませんでした。しかし 、安くて性能が良いという自負はありましたので、同時にシティホテルなどへも営業に行きました。今ではワシントンホテルさん、ルートインホテルズさん 、星野リゾートさんなど多くのホテルで弊社の節水シャワーヘッドが使われています。

安藤 ホテルにとって格好の製品だったわけですね。他にはどこで販売されたのですか。

田中 平成19年から20年にかけて、ご縁があってショップチャンネルさんで販売しました。20年11月に1年のアニバーサリーとして少し価格を下げて販売した際、1日に1万5000本も売れたため、平成20年も継続することに決まったのですが、ベンダーの失態によって、全て白紙になってしまったのです。さらに悪いことは重なり、長く取引をしてきた水栓メーカーが内製化され仕事が激減。売り上げは10分の1にまで落ち込みました。

転機は千載一遇のご縁から


安藤
 その苦境をどう乗り越えられたのですか。

田中 実はさらに追い打ちをかけるように、開発部の課長が退職したのです。その時は目の前が真っ暗になり、なぜ彼が退職する予兆を感じとることができなかったんだと自信を失いました。ところが、2010年のお正月休みにパソコンを開いたら、「いま開発は募集していませんか 」という1通のメールが届いていました。そのメールの最後に苗字だけ明記されていました。ひょっとしたら廃業した水栓メーカーにいた開発者では。 とピンときて、直接電話しました。彼は安定した企業に就職できる技術を持っているのにも関わらず、ボーナスも出せない田中金属製作所で働きたいと言ってくれたのです。それが転機になりました。そして、彼は要素技術の改良に成功し、マイクロナノバブルシャワーの商品化にこぎ着けることができたのです。私はこの商品で何が何でも会社の業績を上げようと決意しました。このチャンスを活かさなければ父や社員たちの頑張りに顔向けできませんから。

安藤 ご縁が転機になったんですね。そのシャワーについて教えていただけますか。

田中 商品名は『アリアミスト ボリーナ』です。従来のマイクロバブル発生方法の多くは、外気混入してマイクロバブル化させています。しかし、ボリーナに内蔵しているμ-jet(ミュージェット)システムは、水分中にある空気を利用してマイクロバブルを発生させていますので、外気の影響を受けにくいのが特徴です。外気吸気をしないので、白濁する大きなマイクロバブルではなく、超微細な良質のマイクロバブルを生成することができます。0.1マイクロメートルという微細気泡が毛穴やシワの奥に入り、汚れを吸着してキレイになる。また、それによって通常のものより6倍という温め効果もあります。

奇跡を呼び込んだ実演販売

安藤 素晴らしい効果があるんですね。売れ行きも好調だったのではないですか。

田中 それが、そう簡単にはいきませんでした。元々マイクロナノバブルシャワーは1万5000円ほどで販売されていたので、1万円を切れば売れるだろうと思い、『アリアミスト ボリーナ』の価格を9800円(当時)にしました。それでも高いとどこも扱ってくれなかったのです。そんな時、東急ハンズのバイヤーさんから完売王と異名をとる販売のプロの方を紹介していただきました。その方に、売れないのだったら実演販売すればいいとアドバイスしていただき、これしかないと決意しました。社員は反対しましたが、良い製品を作っても製品が踊るステージがなければ知られることもなく、作り手の自己満足で終わる、ステージを作るのが大事という私の持論で挑戦することにしました。そして、2012年の12月に東急ハンズの銀座店で実演販売を行ったのです。結果、1日で30本を達成。お店の方もびっくりしていました。それから毎週末東京へ通い実演販売を続けた結果、各店舗から実演の依頼が殺到するとともに、取り扱い店舗も増えていったのです。しかし、半年後の2013年5月にパートナーの体調が悪くなったことで、もうやめようと弱気に。そんな時、ある経営塾で年間5500時間働いてみえる塾生の方の話を聞き、私の中で覚悟がさらに大きくなり、諦めることなく実演を続けることができたのです。そして、この実演販売の継続が思わぬ奇跡を起こしました。『ガイアの夜明け』のディレクターから電話がかかってきたのです。

安藤 諦めずに続けたことで最高の出会いに恵まれたんですね。その反響はいかがでした。

田中 反響はかなりありました。『ガイアの夜明け』の放送終了後、想像以上の販売数を記録しました。その成果もあって、経常利益が1.4%から25.6%と跳ね上がり、弊社は見事V字回復したのです。しかし、これはきっかけに過ぎません。これに慢心するのではなく、これからも日々邁進しないと継続して成長できないと考えています。

次なる一手とは

安藤 それは間違いないと思います。では今後の展開を教えていただけますか。

田中 美容関係は既に進んでいますが、医療や水耕栽培など、まだまだマイクロナノバブ ルという技術を活かせる分野はたくさんあると思っています。まだそれを裏付けるしっかりとしたデータを取れていないですが、実験は現在進行中です。また、『ガイアの夜明け』ではシンガポールへ行きましたが、他にも中国や台湾、韓国などからも声を掛けていただいております。今後は海外進出も視野に入れ、自分たちが培った節水の技術を、水の少ない地域で役立たせていきたいと考えています。



田中和広
株式会社田中金属製作所
代表取締役


 1968年生まれ。地元部品加工会社に就職、5年間修行を終え真鍮部品加工の職人として家業を継ぐ。水栓部品加工の傍ら自社商品『節水シャワーアリアミスト』を開発し事業化。 幾多の困難に見舞われても決して諦めず、常に前を見て努力し続ける不撓不屈のリーダー。


株式会社田中金属製作所 
〒501-2253 岐阜県山県市日永1095番地
TEL : 0581-53-2653
FAX : 0581-53-2654
株式会社田中金属製作所オフィシャルサイト
URL http://www.tanakakinzoku.com/

 

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