社長の自叙伝

社長の自叙伝
2017年08月16日

株式会社ニシカワ 代表取締役社長 西川俊行

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日本には、世界に誇れる高い技術を持った会社が多く存在する。光学機器や精密機器の製造を行う「株式会社ニシカワ」もその1つである。昭和25年(1950年)の創業以来、大手カメラメーカーの下請けとして成長し、現在では山形県に2つの工場を持つに至る。光学測定器などの精密機器から、トレーラーに一つしか載らない大物鋳造部品(8m×4m)まで、加工の設計・加工・塗装など一貫生産できる仕組みを持つ。「後工程はお客様」の発想で確かな技術力と精度を保持する技能集団でもある彼らが、「大物精密加工屋」として、新たな市場に勝負をしかけていく。日本の技術のトップリーダーを目指す西川俊行に、叩き上げブランディングプロデューサーの安藤竜二が迫った。

日本のものづくりを山形から世界へ

安藤竜二(以下安藤) ニシカワさんの歴史について教えてください。

西川俊行(以下西川) 昭和25年(1950年)父である西川吉雄が東京都文京区に「株式会社西川製作所」として会社を創業したのが始まりです。もともと祖父も板金工場を営んでいたのですが、戦争から帰ってきた父がサラリーマンではなく何か商売をやろうと考え、祖父の工場を会社組織にしたのです。当時は、車の板金を中心に、徐々に大手カメラメーカーの下請けとして稼動し始めました。その後、本社を埼玉県戸田市に移したのち、建築業が好調であった時代、測量器の金属格納箱の製作を一手に引き受けていたため、それを一括生産できる工場を昭和45年(1970年)、山形県に三川工場を設立します。平成2年(1990年)には、本社では手狭になった大型の半導体の製造装置の部品加工をするため、同じく山形県に鶴岡工場を設立しました。全ての生産拠点を山形県に移管したのです。現在の「株式会社ニシカワ」に社名を変更したのは平成3年(1991年)です。

安藤 西川社長が入社するきっかけは何だったのでしょうか。

西川 家と工場が隣接していたため、家業を見て育ちました。高校時代から現場の仕事を手伝っていたのですが、常に現場で率先し休みなく働く父の背中を見て「父を助けたい」と強く思うようになりました。大学は電子工学科に進み、技術系商社に入社するのですが、4年後の昭和51年(1976年)、父が急逝したのです。不況のあおりを受け、売上げの低迷と借金苦の中、会社自体の存続も危ぶまれていました。ただ、父の会社が潰れたら一生後悔するという念から、26歳で株式会社西川製作所(当時)に入社したのです。

安藤 順風満帆に仕事がスタートしたわけではなさそうですね。

西川 入社当初、会社を維持するための売上確保がうまくいかず、苦しい思いをしました。当時の社員のモラル・レベルも低く、会社に怒鳴り込んでくるお客様がいたことも事実です。「なぜこんな会社を継いだのか」と嘆くこともありましたが、これを使命ととらえ、徹底的な改革に動き出しました。個人のスキルに偏ることなく会社の仕組みとして構築するなど、経営の健全化を推進していきました。徐々に会社の動きを前向きにとらえてもらい、カメラが花形だった昭和53年(1978年)、大手カメラメーカーからカメラの仕事を受注することができ、再建することができました。さらに、CIの導入、企業理念の策定も行いました。現在では、企業理念・社是・行動指針は社員全員で考え、大切に守り、社内の表彰や積極的な意見交換・勉強会の実施など、全員が経営の視点に立ってお客様と接することが出来るようになりました。私自身が代表取締役社長に就任するのは平成13年(2001年)のことです。

安藤 西川社長が旧態依然としていた会社を、先陣切って業務改革を行ったのですね。そもそもなぜ山形に工場を作ったのですか。。

西川 当時、山形県酒田市の職業訓練校から人が来ていたこともあり、様々なご縁がつながり、山形県に最初に三川工場、次いで鶴岡工場を立ち上げました。山形には昔の日本が残っている気がします。人情もあり、勤勉さ、そして忍耐力があり、日本のものづくりの技術を支えてくれる風土だと思います。

高い技術と品質を備えた「大物精密加工屋」

安藤 株式会社ニシカワさんのお仕事内容について教えてください。まずは三川工場では何を作っているのですか。

西川 三川工場では、光学測定器・万能投影機・顕微鏡・カメラを中心に最新鋭の設備を使い、設計から材料調達、機械加工、塗装、組立、調整、完成出荷まで一貫してできる仕組みを持っております。そのため、お客様の無理難題にも対応できますし、短納期・コストダウンの提案もできることが強みの一つです。さらに、個人のスキルに頼ることなく、会社組織としてものづくりできるように、多能工化(マルチスキル)を行っております。これは、安定したものづくりをしたいということと、社員が働きやすい環境を整えるために一人の人に負荷が集中しないよう徹底して行っています。各部署全てに「後工程はお客様」という考えが息づいており、当たり前を当たり前とせず技術力を日々磨いています。例えば、レンズを毎日拭く仕事、見ていると簡単に思えるのですが、とても精密で技術を習得するのに時間がかかります。ニシカワではその仕事に従事している人全員がそれぞれの特異技術を習得しています。また、全員が毎月1件以上の業務改善案を出すなど、モチベーションの高い社員が多いのも強みであります。

安藤 独自のスキルを持った技能集団なのですね。鶴岡工場ではどのようなお仕事をされているのですか。

西川 鶴岡工場では、大型鋳物部品やセラミックの入った複合材などの機械加工と平面研削と塗装を一貫生産でき、さらに3次元CADによる設計ができるしくみをもっています。大型中型機械を両工場合わせて50台保有し、日本最大級の8メートル×4メートルまで加工可能な機械も持っています。加工を行う会社は設備投資にはお金をかけるのですが、検査に対し力を入れていない会社が多いのが現状です。ニシカワは大型の部品でも品質保証をすることが当たり前だと思っているため、3.3メートル四方の測定用石定盤も完備し徹底した検査にも時間と労力をかけ、精度を保っています。さらに、平面研削盤では追いきれない超精密な平面度は工場内の熟練した匠がハンドラップにより可能にするなど、サブミクロンの世界までこだわります。また、1つの部品で300〜400箇所のネジ穴がある精密機械のパーツ製作においても、図面にあるもの全てを1つ1つ必ず人の手と目で確認します。精密機械を作る会社だからこそできる、大物加工。精密なのに大物にこだわる、「大物精密加工屋」として、確かな技術力と高い品質保証を備えています。

安藤 日本最大級の機械もすごいですが、細かい検査まで日本の技術力の結集ですね。今後はどのような分野にチャレンジするのですか。

西川 現状は、お取引先である大手カメラメーカーでも持っていない大型の機械がここニシカワにはあるので、そのメーカーの主要な大物加工はニシカワで作られています。それらの実績と経験をもっていることも強みなのですが、まだまだこの山形で大物加工ができるということが知られていないことが現状です。今後は、「大物精密加工屋」として、大物の精密機械を必要としている会社さんにアプローチしていきたいと考えております。

安藤 「大物精密加工屋」とは具体的に教えてください。

西川 「大物精密加工屋」とは、光学測定器などの精密機器から、トレーラーに一つしか載らない大物鋳造部品(8メートル×4メートル)まで、「大物なのに精密加工」を可能とした技術プロジェクトであり、材質を問わず、日本でも最大級の門型5面加工機と門型平面研削盤により、材料発注から機械加工・塗装・組立までを可能とした技術屋集団です。

安藤 「大物なのに精密加工」ができ、さらに一貫生産ができる仕組みと高い品質保証がニシカワさんの強みなのですね。最後に今後の展望についてお聞かせください。

西川 今、日本の製造業は岐路に立たされています。日本はコストが高い為仕事が海外に流れていく現実があります。コンシュウマー用カメラはスマートフォンにシェアを奪われつつあり、半導体はPC用のインテルからスマートフォン用のクアルコムに逆転されるなど、時代と共に仕事を取り巻く環境も変化しつつあります。しかし、どんな厳しい状況の中でも生き残る企業は必ずあり、製造業が無くなることはありません。ニシカワは生き残る企業になる為、強い財務基盤と特化した高い技術・技能を持ち、徹底した改革による高い生産性とアジアと戦えるコストの実現を図るべく現在活動を続けています。特にニシカワでは、大物の平面精度の追求にこだわっています。まだまだ、日本には日本しかできない、そしてニシカワにしかできない技術・技能があります。「他の会社ではできないからニシカワに頼もう」と、世界中から仕事の依頼をされるような技能集団になることが目標です。また、株式会社ニシカワの原点は全国企業品質賞の考えから生まれた「お客様の無理難題を、喜び、チャンスと捉え、自らの積極的行動により輝く未来を開く、そして、生き残る」にもあります。最高賞であるエクセレント賞受賞へ挑戦することにより、お客様からさらに必要とされる会社を目指していきます。そして、「大物精密加工屋」を武器に、山形の地から日本の技術のトップリーダーを目指し世界へ発信していきます。

 

西川俊行
株式会社ニシカワ 代表取締役社長


 大学卒業後、技術系商社で働いた後、昭和51年、26歳で株式会社ニシカワ(当時:株式会社西川製作所)に入社、平成13年、代表取締役社長に就任。累積赤字を解消すべく、経営の健全化を推進・社内改革を進め、CIの導入や企業理念などを策定。大手カメラメーカーの下請けだけでなく、小物精密加工から日本最大級の大物の精密加工まで一貫生産できる仕組みを作りあげ、お客様からの納期・コストダウン・品質などの要求に最大限に対応している。


株式会社ニシカワ
〒335-0021 埼玉県戸田市新曽633
TEL: 048-441-6051
オフィシャルサイト URL http://www.oomonoseimitsukakouya.com

 

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